最近の日本人が抱える問題といえば長時間労働とか低い労働生産性などがあげられます。これらの原因になっているのは古い体質の経営体制や慣習などですが、もう一つ考えられるのが
睡眠不足です。
厚生労働省の2015年「国民健康・栄養調査」によると成人の日本人1日あたりの睡眠時間が、6時間未満の人は約4割にも上ります。理想的な睡眠時間が8時間とされている中、4割もの人が6時間も睡眠を取れていないという現実があるのです。
とは言っても世の中にはショートスリーパーという人も存在するので、一概に8時間寝れば良いというわけではないですし、8時間の睡眠をとっているのに疲れが残ってしまっている人も多いのではないでしょうか。
要するに大切なのは個々の最適な睡眠時間を認識し睡眠の質を高めることです。
そこで、今話題なのがITや科学を駆使して質の高い睡眠を実現する「スリープテックテック」(睡眠テック)です。元々はアメリカのシリコンバレーで流行していたテクノロジーですが、最近は日本でもスリープテックベンチャーが登場してきています。今回はそんなスリープテックテックの最前線を解説していきます。
2020年には9兆円超え 巨大な市場規模に成長する「スリープテック」
現在、アメリカを中心に大企業やスタートアップがスリープテックの開発を進めていますが、スリープテックが注目を集めている理由は
・市場規模の巨大さ
・高い潜在的成長力
という2つがあるからです。
スリープテックの世界市場規模は2020年には約800億ドル(約9兆785円)に達すると予測されています。国内に限っても寝具新聞社の調査によると市場規模は1兆2359億円に達すると予測されており、潜在市場規模になると3~5兆円にもなると予測されているのです。
これだけの巨大市場を企業が放っておくわけがなく、世界中の企業が開発に力を入れているのです。
そして巨大市場を形成している理由としては
・多くの人が睡眠に不満を抱いている
・健康志向の高まり
という2つがあります。
日本では「睡眠負債」という言葉が流行したり、長時間労働で過労死につながるなど睡眠不足が大きな社会問題となっています。また病気になるリスクを低下させるためには良質な睡眠を取ることが重要であることがわかってきています。そんな中、政府も「働き方改革」を推進しるなど人々がこれまでの生活スタイルを見直し健康的な生活を取り戻したいというニーズが高まっています。
さらにこのような健康的な生活スタイルへのニーズは日本だけではなく世界でも高まっているのです。
実際、すべての先進国において睡眠時間は減少しており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の調査によれば、
35%のアメリカ人は睡眠時間が7時間以下、
23.2%は睡眠不足が日中の集中力に影響し、
8.6 %の人は仕事の効率が下がっている
と回答しています。
このように睡眠は全人類がほぼ毎日行う行動でありながら、ストレス過多で多忙な現代社会において睡眠不足に悩まされている人も多く、企業の新たな投資先としては非常に好条件が揃っていると言えます。
大企業が次なる巨大市場スリープテックに続々と進出
世界のテクノロジー大手企業はスリープテックを次の主要市場と見据え次々と進出しています。
たとえば医療機器メーカーとして有名なフィリップスの呼吸医療および睡眠医療部門「スリープ&レスピラトリケア」は2018年5月、就寝時の姿勢をサポートし質の高い睡眠を実現する技術を開発しているオランダのナイトバランスを買収しスリープテック開発に力を入れています。
そんなフィリップスは「SmartSleep」という頭にかぶるヘットギアタイプのスリープテックデバイスを発表しています。
ヘッドギアに搭載されているセンサーを活用してユーザーの睡眠状態を解析し、眠りの深さや質をデータ化し専用のアプリから確認することができます。さらに良質な眠りを維持するために骨伝導を利用したオーディオが搭載されており、音で深い眠りを実現するとしています。
音響メーカーであるBOSEも「BOSE NOISE-MASKING SLEEPBUDS」という睡眠時専用のイヤホンを発売し、スリープテック市場に進出しています。
このイヤホンは完全ワイヤレスイヤホのような見た目をしていて、本体のメモリーにボーズが独自開発した「sleeptrack」という特殊な音源が複数収録されています。この「sleeptrack」にはいびきや人の話し声、周りの騒音など睡眠の妨げになる音を聞こえにくくする「ノイズマスキング」という技術が使用されており、イヤホンをつけることで就寝時に邪魔になる音を通常の耳栓よりも自然に消すことができるのです。
スリープテックを手軽に体感できるものといえば米Apple社のApple Watchも有名です。Apple Watchには睡眠トラッキング機能が搭載されていて、「Autosleep」というアプリを利用することで自分の睡眠の質を把握することができます。
睡眠の時間や質はもちろん、過去の履歴を振り返ることも可能で、質の良い睡眠を取るための条件などを確認し改善につなげることができます。
ちなみにApple Watchの最新バージョンであるシリーズ4にはECG(心電図)が内蔵されており、心拍データを測定することが可能になっています。ユーザー自身が心電図を図ることで手軽に心疾患などの心臓病の予防や対策を行うことができる時代になっているのです。
このように最近ではいわゆるヘルステック分野は急速な進化を遂げており、その一部であるスリープテックにも大きな影響を与えていくことでしょう。
注目のスリープテックベンチャー企業「ニューロスペース」
ニューロスペースはスリープテック関連で注目を集めているスタートアップの企業です。 テクノロジーを駆使して睡眠問題を解決することを目指していて、今年の4月には3.4億円の資金調達を達成しています。
ニューロスペースは睡眠とテクノロジーを掛け合わせることで睡眠問題を解決しようとしていますが、
- 企業向けに従業員の睡眠を改善するプログラム
- 個人向けに睡眠改善に役立つアプリ
の2つのサービスを提供しています。
これまでに70社以上の企業、1万人を超える従業員に睡眠改善プログラムを提供しており、そこで集めた膨大な睡眠データを活用できることがニューロスペースの強みと言えます。
さらに、イスラエルのIoTスタートアップ「EarlySense」の非接触型睡眠計測デバイスとこれまで集めてきた1万人以上の睡眠に関するビックデータ、個々に最適化された具体的な睡眠改善アドバイスを提供するアプリを含めた「睡眠改善プラットフォーム」を開発しており、6月から正式に提供することになっています。
一般の利用者向けにはANAやKDDI、フランスベッドなどと共同で開発を進めています。
ANAとは2018年の9月に「時差ボケ調整アプリ」を発表しており、飛行機の発着時間、目的地などから時差ボケを改善するための具体的なアドバイスをしてくれます。
KDDI・フランスベッドと共同開発しているのは睡眠とIoTを組み合わせたサービスで、ベッドのシーツの下にセンサーを置いて個々の睡眠をモニタリングし、睡眠改善のアドバイスをするというものです。
このようにニューロスペースは企業から個人まで幅広くテクノロジーと睡眠を組み合わせた「睡眠改善プラットフォーム」を提供しており、今後も更に多くの企業と協業することでプラットフォームの技術力強化を進めていくとしています。
その他のスリープテックの代表的製品
アメリカ・ミネアポリスにある「Sleep Number」という企業は個々に最適な睡眠を実現するスマートベッドを開発しています。
これにはバイオメトリクス睡眠測定機能が備わっており、寝返りなどの人の動きに合わせてベッドの硬さを変えたり、圧力を変更する事ができます。さらに睡眠中のベッドの動きから睡眠の質を解析してアプリで確認することもできます。
オランダのスタートアップ企業「Somnox」は質の高い睡眠を支援するスマート抱き枕を発表しています。
まくらは柔らかいファブリック素材のようなもので包まれていて、就寝時に使用しやすくなっています。
本体に人の呼吸を検知するためのCO2センサーや動きを検知する加速度センサーが搭載されており、睡眠の状態を記録・解析することができます。
そして本体にはバイブレーターが備わっていて枕を抱きしめるとゆっくりと動き出し質の高い眠りにつくための呼吸法に自然に導いてくれます。スピーカーも搭載されていて眠りに付きやすくなるヒーリングサウンドを再生することが可能で、温度調整機能やライトの明かりで徐々に起こしてくれる機能も搭載されているなど多機能なスリープテックデバイスです。
スリープテック業界で最近話題になっているのが脳科学とテクノロジーを組み合わせたもので、「ブレインテック」とも呼ばれるアプローチです。
フランスのヘルステックスタートアップURGOTECHはこのブレインテックを取り入れた「URGONight」というスマートギア製品を発表しています。
このスマートギアの特徴は寝ている間に使うのではなく、起きている間に使うこと。週に3回、20分ほどヘッドギアを使って脳をトレーニングするこで眠りの質を改善することができるのです。
ヘットギアには脳波を測定するためのセンサーが取り付けられていて、脳波を電気信号として測定します。測定されるのは「人がラックスしながらも集中しているときの脳波」で、解析結果をスマホに表示したり、目に見える形でフィードバックを返すことで徐々に脳波を調整できるようになる仕組みになっています。
このような脳波の調整を「ニューロフィードバック」といい、海外では軍隊やスポーツチームがパフォーマンス向上のためのトレーニングとして活用されているのです。
トレーニングを3ヶ月程続けるとリラックスいている状態と集中している状態の良好なバランスを脳自身が学習し、SMR波と呼ばれる脳がリラックスしつつ集中している時に出す脳波が出しやすくなると言いわれています。これにより良質な睡眠に付きやすくなるということです。
スリープテックの課題は正確性と利便性のバランス
スリープテックは睡眠を改善してくれるものとして注目ですが、
- 医学的正確性
- ユーザーにとっての利便性
をどのように両立するかが課題だと言えます。
スリープテックデバイスまたはヘルステックデバイスは医療機器と呼べる程医療的正確性が高いのかという疑問があります。実際、このようなスリープテックを開発している企業の人は医療の専門家ではないですし、生理学の知識が豊富ではないことも多いのです。
ただ、医学的正確性を追求するとユーザーにとっては使いにくくなってしまうこともあります。そうなるとユーザーはどんなに医学的正確性が高くても不便だと感じ利用してくれない可能性が高いです。
一方で、スリープテック、ヘルステック製品は
・Apple Watchが心電図測定に対応
・URGOTECHの 「URGONight」はニューロフィードバックで手軽に自分の脳波を測定することが可能
などものすごいスピードで発展を遂げているのも事実。
さらに、サイエンス&テック企業の「ライフQ」が開発中のトラッカーは健康にかかわる指標を医師が診断に使えるほど正確に測定することができるとしています。これによって、「ヘルスモニタリングを次のステージに押し上げることができる」と主張しているのです。
そのため今後は利便性を維持しながらも正確性を高めていき、機械やAI、ロボットなどが医師を代替する未来も十分に考えられます。
市場規模のさらなる拡大とスリープテックの未来
非常に巨大な市場を形成するスリープテックですが、現在は主に睡眠中の心拍や呼吸、脳波を測定し、AIで解析するなどして個々に最適な睡眠を提供しています。
しかし、より正確に睡眠をトラッキングし、良質な睡眠を取れるようにするためには睡眠中だけではなく日常生活においても脳波を測定することが重要になっていきます。そのため今後は市場規模の拡大に伴い、ベッド上だけではなく様々な場面で利用できるスリープテックデバイスが登場するでしょう。
睡眠は 健康を維持するだけにとどまらず仕事などにおいても高いパフォーマンスを発揮することに繋がります。
1日トータルで良質な睡眠に対してアプローチすることで昨日はしっかり眠れたのに、今日はなぜか寝付けないという睡眠のムラを解消し、365日常に良質な睡眠を実現できるようなスリープテックが登場してくるかもしれません。