完全自動運転による配送サービスを実現するために、現在激しい開発競争の中にある自動運転や、Uber、Liftなどの「ライドシェア(相乗り)サービス」の拡大に代表されるように移動(モビリティ)のあり方が従来から大きく変化してきています。
このような新たなモビリティの形は「MaaS(マース/Mobility as a Service)」と呼ばれていて、世界各国の企業や行政がMaaSの推進に力を入れています。
国内でもUberが日本企業と提携してライドシェアサービスを提供したり、最近ではトヨタとソフトバンクが「MONET」という合同MaaS企業を設立するなど新たなモビリティサービスが広がっています。
今回はMaaSがどのようなもので、移動や社会がどう変わっていくのかを解説していきます。
MaaSとは
MaaSとは、「Mobility as a Service」の略語で、日本語では「サービスとしての移動」と訳されます。個々の移動をサービスとして提供することで、快適な移動体験を提供しようということです。
少しわかりづらいですが、欧州のMaaS Allianceでは、「Maasは、色々な種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる1つの移動サービスに統合することである」と定義しています。
要するにこれまで別々に運営・提供されていたバスや鉄道、タクシーさらにはレンタカー、レンタサイクル、飛行機などの様々な交通サービスをITやICTなどのテクノロジーを活用して、1つのサービスに統合するということです。
一方で必ずしも1つのサービスに統合するのではなく自動運転による配送サービスやカーシェアリングのように各交通サービスの利便性を高めることも広義の意味でMaaSとされています。
1つのサービスに統合されることで、利用者は様々な交通手段の中から自分に最適な手段を選択し、予約・乗車・決済するという移動における一連の流れを1つのサービス上で完結することができるようになります。こうすることで人は「車の所有」など、これまでの移動の概念から開放されて、効率的で自由な移動ができるようになるのがMaaSの魅力です。
Maasと若年層の車離れ
MaaSが注目されているのは、車を所有するのではなく、使いたい時に使うという「カーシェアリング」の考え方が普及していることがあります。
かつては車を所有するのが一般的でしたが、最近は若者世代を中心に車を所有しない人が増えています。一般社団法人日本自動車工業会の2015年「乗用車市場動向調査」によれば、若年層で車に関心があるのは3割程度で、反対に全く関心がない人も3割いるというのが現状です。
さらに、三井不動産リアルティ株式会社のカーシェアリングに関する調査では、今後のカーシェアリングの利用意向は10代男女では6割超え、20代男女では5割を超えています。このように若年層は車を所有するのではなく使いたい時に使えるカーシェアリングに高い関心があることがわかります。
MaaSによって解決される問題・課題
カーシェアリングの普及以外にも、MaaSが注目されているのは様々な問題や課題が解決されると考えられているからです。具体的には以下のような問題・課題が解決されます。
都市部での交通渋滞の緩和
近年、東京などの大都市圏の都市部を中心に自動車の渋滞問題が深刻になっています。都心の狭い道路での渋滞は移動の効率を下げるだけではなく、事故に繋がる可能性も高く即急な解決が必要とされています。
MaaSによって公営、民営問はず公共交通機関の利用が増加することで、自家用車の数が減少し、交通渋滞が緩和されると考えられています。さらに都市部においては自動車自体の総数も減少することで排気ガスが抑制され、環境問題の解決にも効果を発揮すると考えられています。
地方での交通手段の維持
地方では過疎化により、電車やバスなどの公共交通機関の廃線が相次いでいます。それに伴い、高齢者の移動が困難になったり、車を利用せざるおえなくて事故に繋がってしまうことが社会問題化しつつあります。
自動運転による配送タクシーやUberのようなライドシェアサービスが普及すれば地方においても交通機関の維持が可能になります。さらに高齢者が車を利用せざるおえない状況の解消にも繋がります。
個々の人々の移動効率化
複数の交通機関から自分に適したものを選択し、ルートを検索、乗車、支払いという一連の流れを同じサービス上で一括で行えるため、現状よりも格段に移動が効率化され、利便性が向上するでしょう。
出発地から経由地そして最終目的地をスマホで入力すれば、現在の交通状況や他の利用者の状況を元に、利用可能な様々な交通手段の中から最適な交通手段の組み合わせを提案してくれます。また、交通手段がタクシーやライドシェアの場合は出発地への手配まで行ってくれます。
後は、提案された交通手段に従って移動すれば無駄を省いて効率的に移動することができます。さらに費用もスマホにルートを入力した時点で通知され、スマホから一括で支払いを行うことができます。
このように、MaaSでは様々な交通手段が組み合わされることで、個々に最適化された移動体験がもたらされます。
海外のMaaS事例
台湾・高雄市
日本ではあまり普及していないMaaSですが日本の隣国である台湾ではMaaSを積極的に活用しています。台湾の高雄市では、バスのデータ活用、架線のないLRT(次世代型路面電車システム )や地下鉄、複数のライドシェア、シェアサイクル、無人の自動運転バス、スローモビリティー専用レーンなど様々なMaaSの取り組みが行われています。決済も統一されていて、「iPaas」というicカードで全ての交通機関にて決済できるようになっています。
日本でのMaaSは鉄道やライドシェア、配送サービスなどを別々に捉えがちですが、台湾では様々な交通サービスを1つのサービスとして捉え、単体の支払い方法で決済できるようにすることで、高雄市の都市全体で「効率的な移動」を行えるようになっています。
フィンランド
フィンランドではスタートアップ「MaaS Global」社が「Whim」というMaaSのためのプラットフォームサービスを提供しています。2016年にサービスが開始された後、2018年にイギリスのウェストミッドランドでもサービスが展開されています。
Whimでは電車やバス、タクシーなどの公共交通機関と、タクシーやバイクシェア、徒歩、自転車などの複数の交通手段から最適な交通手段を選択できるようになっています。検索・予約・乗車・決済までをスマートフォンだけで利用できるなどの利便性が利用者に受け入れられ利用者の増加に寄与しています。
サービス開始後、公共交通機関の利用割合が48%から74%へ増加し、自家用車の利用率は40%から20%へ減少したといいます。
これだけサービスが普及した背景には、フィンランドの企業やタクシー協会、主要な大学など100以上の団体・組織が加入する「ITSフィンランド」や「運輸通信省」などの協力があり、官民が一体となりサービス体制を構築したことがあります。
国内のMaaS事例
日本ではフィンランドや台湾のような各交通機関を1つに統合した総合的なサービスはありません。しかし、官民が共同でMaaSの実現に向けて取り組みを進めています。
自動車メーカーのMaaSへの取り組み
MaaSの普及によって最も影響を受けるのが自動車メーカーです。なぜならカーシェアリングなどが進むと車を所有しない人が増え、自動車の販売が減少するからです。
そんな自動車メーカーですが、もちろんMaaS に向けた取り組みを進めています。2018年にトヨタ自動車はモビリティーサービス専用の電気自動車「e-Palette concept」を発表しました。これは移動や人の配送などの自動車本来の用途だけではなく、物流や物販など様々なサービズを自動運転車で提供しようというコンセプトです。
確実に来る自動運転時代を見据えて、様々なサービズを提供する事業者と連携することで総合的なサービスプラットフォームを構築しようとしています。
さらにトヨタ自動車はIT大手のソフトバンクとMaaS企業「MONET Technologies」を共同創設しました。「MONET」はソフトバンクの「IoTプラットフォーム」と連携して、自動運転を利用したMaaSサービスを展開するというものです。地域や利用者の需要に合わせた配送サービスを、日本全国の自治体・企業に展開していく予定とのことです。
鉄道会社のMaaSへの取り組み
鉄道会社も様々なMaaSへの取り組みを進めています。
JR東日本は利用者がJR以外の交通機関でもシームレスに乗り継ぐことができるサービスの実現に向けて、120を超える企業や団体が参加する「モビリティ変革コンソーシアム」を設立しています。
これにより解決が難しい社会課題や、次世代の公共交通について、交通事業者だけではなく、様々な国内外企業や大学・研究機関などと協力し合うことで、オープンイノベーションを起こし、モビリティ変革を実現するとしています。
また、小田急グループは「小田急MaaSアプリ」の開発を進めており、スマートフォンアプリで鉄道やバス、カーシェアリングサービスの利用を可能にするとしています。さらに目的地の飲食店や宿泊の予約・決済までを一括して提供するサービスの構築も目指しています。
政府のMaaSへの取組
2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」の中で、重点分野の1つとして「次世代モビリティシステムの構築」が提示されています。この中では、特に2020年の東京オリンピック・パラリンピックを1つの目標に見据えて、無人自動運転サービスの実現を中心に様々な移動手段のサービス化と、それらを統合した統合型サービスの実現に向けて制度整備などが進められることになっています。
今後のMaaSはどうなっていくか
現在のMaaSは各交通サービスごとに別れているものが多く、統合型サービスと呼べるものはほとんどありません。それでも今後は、サービスの統合がどんどん進み、最終的には社会全体で「移動の統合・サービス化」が進んで行くでしょう。
完全に社会と統合され一体となった移動サービスを構築するには各事業者が連携し、政府も法整備を進めるなど、官民が一体となった取り組みが必須になってきます。